2018年05月27日

通巻第1246号

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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
    平成30年(2018)4月10日(火曜日)
         通巻第1246号   
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長岡実氏が死去
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 長岡実氏が亡くなった。享年93歳。
 長岡氏は三島由紀夫と同期に大蔵省へ入省し、三島は九ヶ月で退職して作家に専念したが、氏は大蔵次官に上り詰め、エリート中のエリートだった。
 長岡氏は三島事件にはほとんど沈黙を守った。しかし三島作品の『青の時代』では、取材に応じている。
 三島由紀夫研究会は何回か『公開講座』への出講をお願いしたが、各方面への配慮深く遠慮されつづけた。
 憂国忌発起人は立場上、遠慮されたが、一貫して賛助会員(匿名希望)だった。冥福を祈ります。
                        (憂国忌実行委員会)
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  ◎事務局よりお知らせ   ◎事務局よりお知らせ
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19日「公開講座」講師は元国立劇場理事の織田紘二氏
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 織田氏は昭和42年國學院大學卒業と同時に国立劇場芸能部に入られ、昭和44年から三島由紀夫先生の担当者として三島歌舞伎に携わられました。
 自決までのわずか2年足らずでしたが、最晩年の三島先生との濃密なお付き合いは初公開の秘話ばかり。
とくに三島演劇研究にとって貴重なお話しが聞けるものと思います。
 織田氏は国立劇場の芸能部長、理事を歴任され、現在は日本芸術文化振興会の顧問をされています。

とき    4月19日(木)午後6時半開演(午後6時開場)
ところ   アルカディア市ヶ谷(私学会館)
講師    織田紘二氏(おりたこうじ、日本芸術文化振興会顧問、元国立劇場理事)
演題    三島歌舞伎の世界
<講師略歴>昭和20年生。北海道出身。昭和42年國學院大學日本文学科卒、国立劇場芸能部に入り、以後三島由紀夫先生の担当として三島歌舞伎に携わる。国立劇場芸能部長、理事を歴任。日本芸術文化振興会顧問。著作に『芸と人 戦後歌舞伎の名優たち』(小学館)、『歌舞伎モノがたり』(淡交社)その他。
会場費   会員・学生1千円(一般2千円)
      

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三島由紀夫研究会「文学ツアー」のご案内
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           記
日時:平成30年5月13日(日)雨天中止
集合:13:00 JR横須賀線「北鎌倉」(きたかまくら)駅
作品:「海と夕焼け」(昭和30年刊・新潮文庫『花盛りの森・憂国』に所収)
場所:神奈川県北鎌倉 建長寺〜勝上献
行程(予定)北鎌倉駅−東慶寺−建長寺(勝上献往復)−鶴岡八幡宮−鎌倉宮(バス)−鎌倉駅(駅近隣で懇親会)

 (注)建長寺〜勝上献は、整備された上り坂を30分ほどかけて登ります。ゆっくりと進みますので、ご安心ください。昼食会の設定はございませんので各自で早めのお昼を済ませてからご参加ください。
 東京から参加される方は東京駅11:53発・横須賀線逗子行きに乗車します。(ホームは地下4階にあり、他線からの乗換には10〜15分を要しますので、充分な余裕を持っての時間配分をお立てください)
  参加を希望される方は、下記メールアドレスまで、お名前、電話番号(できれば携帯)、懇親会の出欠を明記の上、お申し込みください。
yukokuki@mishima.xii.jp
         (三島由紀夫研究会 案内係 浅野正美)


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5月の「公開講座」は憂国忌発起人でもある井上隆史先生をお迎えします
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           記
日時 5月25日(金)午後6時開場、6時半開演
会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
  (JR・地下鉄「市ヶ谷」駅徒歩2分)
講師 井上隆史先生(国文学者、白百合女子大教授)
演題 「もう一つの日本」を求めて、『豊饒の海』を読み直す」
    講師略歴 昭和38年生れ。横浜市出身。東京大学文学部国文科卒。文芸評論家。百合女子大学教授。専門は日本近代文学。著編書に『三島由紀夫幻の遺作を読む〜もう一つの『豊饒の海』』(光文社新書)、『混沌と抗戦〜三島由紀夫と日本、そして世界』(共著、水声社)など多数。最新著に『「もう一つの日本」を求めて〜三島由紀夫『豊饒の海』を読み直す』(現代書館)
会場分担金  会員・学生千円(一般2千円)


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会員勉強会、六月は荒岩宏奨氏
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6月は下記の通り展転社の若き編集長・荒岩宏奨氏を講師にお迎えして、「影山正治と維新文学」のテーマで語って頂きます。これまで蓮田善明、保田與重郎,伊東静雄について論じて頂いた日本浪曼派シリーズ第四弾です。
影山正治氏(1910〜1979)は戦前より維新運動家として大東塾・不二歌道会を主宰するとともに、保田與重郎、浅野晃、林房雄など日本浪曼派の巨人達と親しく交際し、三島由紀夫先生を昭和の神風連と高く評価して憂国忌の発起人となり、昭和54年元号法案の成立を熱?して自裁されました。
           記
◇日時 6月29日(金)午後6時半開演(午後6時開場)
◇会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
   (JR・地下鉄「市ヶ谷」駅2分)
◇講師 荒岩宏奨氏(あらいわひろまさ、展転社編集長)
◇演題 「影山正治と維新文学」
◇講師略歴 昭和56年山口県生まれ。広島大学教育 学部卒、プログラマー、雑誌編集者を経て現在展転社編集長。著書『国風のみやびー国体の明徴と天業の恢弘』(展転社)
◇会場分担金 会員・学生千円(一般2千円)
    以上
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  三島由紀夫研究会 http://mishima.xii.jp/contents/index.html
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(C)三島由紀夫研究会 2018  ◎転送自由
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通巻第1245号

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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
    平成30年(2018)4月7日(土曜日)弐
         通巻第1245号   
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(本文章は平成二十九年六月三十日会員例会における講演要旨をまとめたものです。)

「文化防衛論」について
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                       玉川博己(代表幹事)

  はじめに

 三島由紀夫の『文化防衛論』は昭和四十四年四月に新潮社より刊行された。当時大学生であった私は書店でこの本を手にとったときの感動を今でも覚えているし、そのとき購入した初版本は今もわが座右にある。本書は私の思想的テーゼであり、国体論の原点でもある。では以下に『文化防衛論』の内容概説と本書が生れた時代的背景、そして思想的意義について述べてみたい。

一.「文化防衛論」の内容と骨格的思想

『文化防衛論』は以下の論文、文章から構成されている。括弧内は初出誌を示す。
 論文
 「反革命宣言」(「論争ジャーナル」昭和四十四年二月号)
 「文化防衛論」(「中央公論」昭和四十三年八月号)
 「『道義的革命』の論理ー磯部一等主計の遺稿について」(「文芸」昭和四十二年二月号)
 「自由と権力の状況」(「自由」昭和四十三年十一月号)
 対談
 「政治行為の象徴性について」(三島由紀夫 vs. いいだもも「文学界」昭和四十三年二月号)
 学生とのティーチイン
 「テーマ『国家革新の原理』」一橋大学・早稲田大学・茨城大学

 「文化防衛論」に示された三島由紀夫の骨格的思想を整理すると以下のようになるであろう。

1)国体について 〈文化概念としての天皇〉を戴く日本国体の特殊性
 2)国防・国を守ることはすなわち日本の歴史的連続性・文化的統一性・民族的同一性の他にかけがえのない象徴である天皇を守ることである。
 3)国民文化の三特質とは再帰性と全体性と主体性である。
4)菊と刀の栄誉の統一と天皇への帰一 すなわち軍隊(自衛隊)に対する天皇の栄誉大権の回復の必要性
 5)永久革命の原理としての天皇
 6)日本的革命の特質としての道義的革命(待つ革命)
7)「反革命」とは日本の文化・歴史・伝統の中心たる天皇を守るとともに言論の自由を守ることである。すなわちその敵である共産主義と闘いこれを粉砕することである。

二.「文化防衛論」が書かれた時代背景とその意義

 三島由紀夫は「文化防衛論」に先立ち、昭和三十六年に「憂國」と戯曲「十日の菊」、そして昭和四十一年に「英霊の聲」のいわゆる二・二六事件三部作を発表してきたが、昭和四十年代に入って極左過激集団による学園紛争や街頭闘争が猖獗をきわめ、政治の季節が到来すると、自らも自衛隊に体験入隊を行い、学生による「楯の会」を結成するなど急速にその政治的立場を鮮明にしてきた。
そして共産主義革命に対抗するため、更には戦後占領体制としての日本国憲法と日米安保体制を基軸とする欺瞞と虚構の平和と民主主義を克服するため、真剣に憲法改正を志向するようになった。
その最終的帰着点が昭和四十五年十一月二十五日の市ヶ谷台決起であった。「文化防衛論」は三島由紀夫の国体論(文化的概念としての天皇論)と国防論(国体すなわち天皇を守る軍隊としての自衛隊)、そして革命論(天皇を原理とする日本的永久革命論)を総合、止揚する、いわば日本的維新革命の綱領、テーゼともいうべき文書であったといえる。

 昭和四十年暮に始まった第一次早稲田大学紛争はその後全国を燎原の火のごとくおおってゆく学園紛争の発火点であった。
翌昭和四十一年十月に日本学生同盟(日学同)が発足し、ここに民族派学生運動が華々しく登場することとなった。そして昭和四十三年春この日学同早大支部である早大国防部などを中心に三島由紀夫率いる自衛隊体験入隊に多くの学生が参加し、これが後の「楯の会」の母体となる。

同年十月二十一日の国際反戦デーは世に新宿騒乱事件と呼ばれる一大騒擾事件となったが、三島由紀夫はいずれこのような騒乱事件が拡大して、もはや警察力の手に負えない段階に発展した時こそ自衛隊の治安出動のタイミングであり、この治安出動が憲法改正の一大好機であると考えた。
しかし三島由紀夫は翌年昭和四十四年十月の国際反戦デーにおいて、極左暴力集団の暴力闘争が圧倒的な警察力の前に抑え込まれたのを見て、以後は自衛隊の治安出動に見切りをつけて、直接行動の路線を進んでゆく。昭和四十五年十一月二十五日の市ヶ谷台決起に向かう道であった。

 戦後日本においては親米と安保体制堅持の立場にたつ保守勢力と憲法九条に依拠し親ソ・親中かつ非武装中立路線を志向する革新(左翼)勢力の対峙という構図が成り立っていた。六十年安保闘争は正にこの構図の中で行われたといってよい。
また保守勢力もあくまで親米反共がその基盤であり、右翼団体が日の丸と星条旗を並べて掲げることに誰も違和感を持たなかった時代であった。

 また国体についても左右両派ともに象徴天皇制を是とし、これを美化する点で一致するという不思議な状況を呈していた。
従って三島由紀夫が、自衛隊は「自由と民主主義」を守る軍隊ではなくて、天皇を中心とする日本の歴史・伝統・文化、すなわち日本の国体を守るべき軍隊でなければならない、と主張したことは、戦後教育の中で国体も教育勅語も教えられてこなかった戦後派世代に極めて新鮮に受け止められたのである。

 私自身大学生であった昭和四十四年の年初め、『論争ジャーナル』誌に掲載された三島由紀夫の「反革命宣言」を読んだとき,体が震えるような感動を覚えたものである。戦前においては大日本帝国憲法と軍人勅諭や教育勅語があり、国民にとって天皇がなぜ尊いのかを理解することは容易であった。
しかし帝国憲法も教育勅語もすべて無効とされた戦後において、かつまたGHQと日教組による思想統制と偏向教育の中で、国民とりわけ若い世代が国体に対するまともな認識を持つことはおよそ不可能な状況であった。
その中で三島由紀夫が文化という独自の切り口から天皇とその意味について、「天壌無窮」の意味も「教育勅語」も知らない若い読者に向けて語ったことの意義は大きい。三島由紀夫が天才文学者である所以である。

三.私にとっての「文化防衛論」

 高校生時代は反天皇制、反自衛隊の左翼反戦高校生であった私が日本の歴史に目覚めるきっかけとなったのが林房雄の『大東亜戦争肯定論』であった。そして受験生時代に手にした林房雄と三島由紀夫の対談集『対話・日本人論』で初めて三島由紀夫の思想の一端に触れ、目から鱗の気持ちとなり、以来熱心な三島愛読者となっていった。
大学に入学してからは『論争ジャーナル』や『日本及び日本人』誌などに掲載される三島由紀夫の諸論文を傍線を引きながら熱心に読む日々であった。

そして昭和四十三年十二月に都内で開催された日学同主催の政治集会で来賓講師として出席した三島由紀夫の「文化防衛論」と題する講演を聞いて、よし自分もこの運動に参加しようと決心したのである。全日本学生国防会議議長であった森田必勝氏の話を聞いたのもこの集会であった。
まさかそれから二年後に自分が日学同委員長として三島由紀夫・森田必勝両烈士の追悼集会を行うことになるとは夢にも思わなかった。

 その後、昭和四十六年に三島由紀夫研究会を結成し、以来今日まで半世紀近く「憂国忌」を開催し続けてきたが、その原点であり、「憂国忌」の綱領的文書ともいうべき書物が「文化防衛論」であった。
最近の御譲位の問題や憲法改正問題を思うにつけ我々が国体や憲法、国防の問題の本質をこの「文化防衛論」の中に見出すことができることは本書が永遠の生命を持っていることのあかしである。
(終)
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四月の「公開講座」講師は元国立劇場理事の織田紘二氏
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 織田氏は昭和42年國學院大學卒業と同時に国立劇場芸能部に入られ、昭和44年から三島由紀夫先生の担当者として三島歌舞伎に携わられました。
 自決までのわずか2年足らずでしたが、最晩年の三島先生との濃密なお付き合いは初公開の秘話ばかり。
とくに三島演劇研究にとって貴重なお話しが聞けるものと思います。
 織田氏は国立劇場の芸能部長、理事を歴任され、現在は日本芸術文化振興会の顧問をされています。

とき    4月19日(木)午後6時半開演(午後6時開場)
ところ   アルカディア市ヶ谷(私学会館)
講師    織田紘二氏(おりたこうじ、日本芸術文化振興会顧問、元国立劇場理事)
演題    三島歌舞伎の世界
<講師略歴>昭和20年生。北海道出身。昭和42年國學院大學日本文学科卒、国立劇場芸能部に入り、以後三島由紀夫先生の担当として三島歌舞伎に携わる。国立劇場芸能部長、理事を歴任。日本芸術文化振興会顧問。著作に『芸と人 戦後歌舞伎の名優たち』(小学館)、『歌舞伎モノがたり』(淡交社)その他。
会場費   会員・学生1千円(一般2千円)
      

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三島由紀夫研究会「文学ツアー」のご案内
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           記
日時:平成30年5月13日(日)雨天中止
集合:13:00 JR横須賀線「北鎌倉」(きたかまくら)駅
作品:「海と夕焼け」(昭和30年刊・新潮文庫『花盛りの森・憂国』に所収)
場所:神奈川県北鎌倉 建長寺〜勝上献
行程(予定)北鎌倉駅−東慶寺−建長寺(勝上献往復)−鶴岡八幡宮−鎌倉宮(バス)−鎌倉駅(駅近隣で懇親会)

 (注)建長寺〜勝上献は、整備された上り坂を30分ほどかけて登ります。ゆっくりと進みますので、ご安心ください。昼食会の設定はございませんので各自で早めのお昼を済ませてからご参加ください。
 東京から参加される方は東京駅11:53発・横須賀線逗子行きに乗車します。(ホームは地下4階にあり、他線からの乗換には10〜15分を要しますので、充分な余裕を持っての時間配分をお立てください)
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5月の「公開講座」は憂国忌発起人でもある井上隆史先生をお迎えします
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           記
日時 5月25日(金)午後6時開場、6時半開演
会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
  (JR・地下鉄「市ヶ谷」駅徒歩2分)
講師 井上隆史先生(国文学者、白百合女子大教授)
演題 「もう一つの日本」を求めて、『豊饒の海』を読み直す」
    講師略歴 昭和38年生れ。横浜市出身。東京大学文学部国文科卒。文芸評論家。百合女子大学教授。専門は日本近代文学。著編書に『三島由紀夫幻の遺作を読む〜もう一つの『豊饒の海』』(光文社新書)、『混沌と抗戦〜三島由紀夫と日本、そして世界』(共著、水声社)など多数。最新著に『「もう一つの日本」を求めて〜三島由紀夫『豊饒の海』を読み直す』(現代書館)
会場分担金  会員・学生千円(一般2千円)


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会員勉強会、六月は荒岩宏奨氏
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6月は下記の通り展転社の若き編集長・荒岩宏奨氏を講師にお迎えして、「影山正治と維新文学」のテーマで語って頂きます。これまで蓮田善明、保田與重郎,伊東静雄について論じて頂いた日本浪曼派シリーズ第四弾です。
影山正治氏(1910〜1979)は戦前より維新運動家として大東塾・不二歌道会を主宰するとともに、保田與重郎、浅野晃、林房雄など日本浪曼派の巨人達と親しく交際し、三島由紀夫先生を昭和の神風連と高く評価して憂国忌の発起人となり、昭和54年元号法案の成立を熱?して自裁されました。
           記
◇日時 6月29日(金)午後6時半開演(午後6時開場)
◇会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
   (JR・地下鉄「市ヶ谷」駅2分)
◇講師 荒岩宏奨氏(あらいわひろまさ、展転社編集長)
◇演題 「影山正治と維新文学」
◇講師略歴 昭和56年山口県生まれ。広島大学教育 学部卒、プログラマー、雑誌編集者を経て現在展転社編集長。著書『国風のみやびー国体の明徴と天業の恢弘』(展転社)
◇会場分担金 会員・学生千円(一般2千円)
    以上
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(C)三島由紀夫研究会 2018  ◎転送自由
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通巻第1244号

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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
    平成30年(2018)4月7日(土曜日)
         通巻第1244号   
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 書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW 
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 日本のアウトローはいかような処死観をもっていたのか
  多様多彩な人間像を追求しながら存在の根源を問う

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書評 山平重樹著『アウトロー臨終図鑑』(幻冬舎アウトロー文庫)
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 本書に登場するのは筆者の言葉を借りれば「世代差や有名無名の違いこそあれ、いずれも世間から見たら型破り、異端といっていい男たちである。維新者、革命家、プロッスポーツマン、芸能人、カーレーサー、映画人、作家、政治家、冒険家、カメラマン、シージャッカー、任侠人・・・・・と、あまりカタギが見当たらないのは、激烈でドラマチックな生と死を経た男たちとなれば、無理からぬところか。」(本書「はじめに」より)と、実に幅広い分野から約70名もの人物が登場する。
この中から私の関心をひく人物をあげると維新者・民族派運動家では三上卓、影山正治、森田必勝、阿部勉、三浦重周、野村秋介、江藤小三郎など、作家・文学者では村上一郎、檀一雄、高橋和巳、川内康範など、そして唐牛健太郎であろうか。
(以下敬称略)

 三上卓は五・一五事件の首謀者であるとともにいまだに民族派の聖歌というべき「青年日本の歌」(「昭和維新の歌」)の作者として永遠に語られる存在である。
大東塾の影山正治塾長は戦前から維新運動家をして知られ、また保田與重郎、林房雄など日本浪曼派の巨人たちとの交流を持った文学者、歌人であった。三島由紀夫を「昭和の神風連」と称揚し、「憂国忌」の発起人にもなった。影山正治塾長は昭和54年5月青梅の大東農場で元号法案の成立を熱祷して壮烈な自決を遂げた。私は学生時代に大東塾の行事に招かれた際、影山塾長自ら日本酒を振舞われたことがある。その優しい目と温容が記憶に残っている。
森田必勝、三浦重周は我々の運動の先輩であり、同志であった存在でありこれ以上は付記しない。

 作家・評論家の村上一郎は晩年の三島由紀夫と濃密な交流を持ち、昭和50年3月東京・武蔵野市の自宅で愛蔵の日本刀で三島のあとを追うが如く自裁した。先般二月の公開講座で講演をされた西村繁樹元一等陸佐が、青年自衛官のとき三島由紀夫から村上一郎の『北一輝論』を直接贈られたことを述べておられた。
私も村上一郎とは面識を得ることはなかったが、その晩年の著作はむさぼるように読んだものである。村上一郎の葬儀で弔辞を読んだのが戦後『試行』の同人であり、生涯の友人であった吉本隆明であったという。

 檀一雄は私の好きな作家の一人であった。戦前の『花筐』から晩年の『火宅の人』までその作品の根底には如何にも日本浪曼派の出身らしいロマンチシズムが流れている。最後の作品であり、愛人との行状を描いた『火宅の人』は不倫小説と揶揄されることもあったが、私はこの作品は、本当は見事な青春小説ではないか、と思う。
 高橋和巳は大学紛争当時、全共闘の学生から圧倒的な支持を受けていたというが、当時民族派学生運動をしていた私も高橋和巳の『非の器』や『邪宗門』は愛読書であった。また高橋和巳は三島由紀夫の自決の報道には大きな衝撃を受けた、といわれる。
 川内康範は民族派学生運動に理解を持ち、日本学生同盟(日学同)の同盟歌「我らは誓う」もつくってくれた。私は今でも「風が吹くなら吹くがいい たとえ嵐になろうとも 〜」というこの歌の歌詞が好きである。
三島事件直後の「三島由紀夫氏追悼の夕べ」では代表発起人を引き受けてくれたし、その後も「憂国忌」の発起人をつとめた。

 唐牛健太郎といえば60年安保のときの全学連委員長であり、その後右翼の大物・田中清玄との関係で世の注目を浴びた。毀誉褒貶の多い人生で晩年は酒とさすらいの旅を愛し、昭和59年に46歳の若さで他界している。
唐牛健太郎については60年安保ブントの同志であり、今年1月に自裁死を遂げた西部邁氏の『六〇年安保〜センチメンタル・ジャーニー』に詳しく描かれており、まさにあの時代の青春群像が浮かび上がる
      (玉川博己
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 織田氏は昭和42年國學院大學卒業と同時に国立劇場芸能部に入られ、昭和44年から三島由紀夫先生の担当者として三島歌舞伎に携わられました。
 自決までのわずか2年足らずでしたが、最晩年の三島先生との濃密なお付き合いは初公開の秘話ばかり。
とくに三島演劇研究にとって貴重なお話しが聞けるものと思います。
 織田氏は国立劇場の芸能部長、理事を歴任され、現在は日本芸術文化振興会の顧問をされています。

とき    4月19日(木)午後6時半開演(午後6時開場)
ところ   アルカディア市ヶ谷(私学会館)
講師    織田紘二氏(おりたこうじ、日本芸術文化振興会顧問、元国立劇場理事)
演題    三島歌舞伎の世界
<講師略歴>昭和20年生。北海道出身。昭和42年國學院大學日本文学科卒、国立劇場芸能部に入り、以後三島由紀夫先生の担当として三島歌舞伎に携わる。国立劇場芸能部長、理事を歴任。日本芸術文化振興会顧問。著作に『芸と人 戦後歌舞伎の名優たち』(小学館)、『歌舞伎モノがたり』(淡交社)その他。
会場費   会員・学生1千円(一般2千円)
      

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三島由紀夫研究会「文学ツアー」のご案内
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日時:平成30年5月13日(日)雨天中止
集合:13:00 JR横須賀線「北鎌倉」(きたかまくら)駅
作品:「海と夕焼け」(昭和30年刊・新潮文庫『花盛りの森・憂国』に所収)
場所:神奈川県北鎌倉 建長寺〜勝上献
行程(予定)北鎌倉駅−東慶寺−建長寺(勝上献往復)−鶴岡八幡宮−鎌倉宮(バス)−鎌倉駅(駅近隣で懇親会)

 (注)建長寺〜勝上献は、整備された上り坂を30分ほどかけて登ります。ゆっくりと進みますので、ご安心ください。昼食会の設定はございませんので各自で早めのお昼を済ませてからご参加ください。
 東京から参加される方は東京駅11:53発・横須賀線逗子行きに乗車します。(ホームは地下4階にあり、他線からの乗換には10〜15分を要しますので、充分な余裕を持っての時間配分をお立てください)
  参加を希望される方は、下記メールアドレスまで、お名前、電話番号(できれば携帯)、懇親会の出欠を明記の上、お申し込みください。
yukokuki@mishima.xii.jp
         (三島由紀夫研究会 案内係 浅野正美)


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5月の「公開講座」は憂国忌発起人でもある井上隆史先生をお迎えします
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           記
日時 5月25日(金)午後6時開場、6時半開演
会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
  (JR・地下鉄「市ヶ谷」駅徒歩2分)
講師 井上隆史先生(国文学者、白百合女子大教授)
演題 「もう一つの日本」を求めて、『豊饒の海』を読み直す」
    講師略歴 昭和38年生れ。横浜市出身。東京大学文学部国文科卒。文芸評論家。百合女子大学教授。専門は日本近代文学。著編書に『三島由紀夫幻の遺作を読む〜もう一つの『豊饒の海』』(光文社新書)、『混沌と抗戦〜三島由紀夫と日本、そして世界』(共著、水声社)など多数。最新著に『「もう一つの日本」を求めて〜三島由紀夫『豊饒の海』を読み直す』(現代書館)
会場分担金  会員・学生千円(一般2千円)


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会員勉強会、六月は荒岩宏奨氏
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6月は下記の通り展転社の若き編集長・荒岩宏奨氏を講師にお迎えして、「影山正治と維新文学」のテーマで語って頂きます。これまで蓮田善明、保田與重郎,伊東静雄について論じて頂いた日本浪曼派シリーズ第四弾です。
影山正治氏(1910〜1979)は戦前より維新運動家として大東塾・不二歌道会を主宰するとともに、保田與重郎、浅野晃、林房雄など日本浪曼派の巨人達と親しく交際し、三島由紀夫先生を昭和の神風連と高く評価して憂国忌の発起人となり、昭和54年元号法案の成立を熱?して自裁されました。
           記
◇日時 6月29日(金)午後6時半開演(午後6時開場)
◇会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
   (JR・地下鉄「市ヶ谷」駅2分)
◇講師 荒岩宏奨氏(あらいわひろまさ、展転社編集長)
◇演題 「影山正治と維新文学」
◇講師略歴 昭和56年山口県生まれ。広島大学教育 学部卒、プログラマー、雑誌編集者を経て現在展転社編集長。著書『国風のみやびー国体の明徴と天業の恢弘』(展転社)
◇会場分担金 会員・学生千円(一般2千円)
    以上
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  三島由紀夫研究会 http://mishima.xii.jp/contents/index.html
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(C)三島由紀夫研究会 2018  ◎転送自由
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2018年03月27日

通巻第1243号

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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
    平成30年(2018)3月27日(火曜日)
         通巻第1243号   
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(読者より その1)一番町のJC!)フォトサロンで開催中の細江英公先生作品展「おとこと女」が4月1日で終了するので,今日見てきました。
昭和35年に発表された作品ですが、当時これを見て感銘をうけた三島先生が細江先生に「薔薇刑」の撮影を依頼したといういわくのある作品です。ご興味のある方はどうぞ。
 http://www.jcii-cameramuseum.jp/photosalon/photo-exhibition/2018/20180227.html
   (HT生、杉並)
     ◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇ 
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  ◎事務局よりお知らせ   ◎事務局よりお知らせ
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四月の「公開講座」講師は元国立劇場理事の織田紘二氏
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 織田氏は昭和42年國學院大學卒業と同時に国立劇場芸能部に入られ、昭和44年から三島由紀夫先生の担当者として三島歌舞伎に携わられました。
 自決までのわずか2年足らずでしたが、最晩年の三島先生との濃密なお付き合いは初公開の秘話ばかり。
とくに三島演劇研究にとって貴重なお話しが聞けるものと思います。
 織田氏は国立劇場の芸能部長、理事を歴任され、現在は日本芸術文化振興会の顧問をされています。

とき    4月19日(木)午後6時半開演(午後6時開場)
ところ   アルカディア市ヶ谷(私学会館)
講師    織田紘二氏(おりたこうじ、日本芸術文化振興会顧問、元国立劇場理事)
演題    三島歌舞伎の世界
<講師略歴>昭和20年生。北海道出身。昭和42年國學院大學日本文学科卒、国立劇場芸能部に入り、以後三島由紀夫先生の担当として三島歌舞伎に携わる。国立劇場芸能部長、理事を歴任。日本芸術文化振興会顧問。著作に『芸と人 戦後歌舞伎の名優たち』(小学館)、『歌舞伎モノがたり』(淡交社)その他。
会場費   会員・学生1千円(一般2千円)
      

   ♪
三島由紀夫研究会「文学ツアー」のご案内
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           記
日時:平成30年5月13日(日)雨天中止
集合:13:00 JR横須賀線「北鎌倉」(きたかまくら)駅
作品:「海と夕焼け」(昭和30年刊・新潮文庫『花盛りの森・憂国』に所収)
場所:神奈川県北鎌倉 建長寺〜勝上献
行程(予定)北鎌倉駅−東慶寺−建長寺(勝上献往復)−鶴岡八幡宮−鎌倉宮(バス)−鎌倉駅(駅近隣で懇親会)

 (注)建長寺〜勝上献は、整備された上り坂を30分ほどかけて登ります。ゆっくりと進みますので、ご安心ください。昼食会の設定はございませんので各自で早めのお昼を済ませてからご参加ください。
 東京から参加される方は東京駅11:53発・横須賀線逗子行きに乗車します。(ホームは地下4階にあり、他線からの乗換には10〜15分を要しますので、充分な余裕を持っての時間配分をお立てください)
  参加を希望される方は、下記メールアドレスまで、お名前、電話番号(できれば携帯)、懇親会の出欠を明記の上、お申し込みください。
yukokuki@mishima.xii.jp
         (三島由紀夫研究会 案内係 浅野正美)


  ♪
5月の「公開講座」は憂国忌発起人でもある井上隆史先生をお迎えします
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           記
日時 5月25日(金)午後6時開場、6時半開演
会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
  (JR・地下鉄「市ヶ谷」駅徒歩2分)
講師 井上隆史先生(国文学者、白百合女子大教授)
演題 「もう一つの日本」を求めて、『豊饒の海』を読み直す」
    講師略歴 昭和38年生れ。横浜市出身。東京大学文学部国文科卒。文芸評論家。百合女子大学教授。専門は日本近代文学。著編書に『三島由紀夫幻の遺作を読む〜もう一つの『豊饒の海』』(光文社新書)、『混沌と抗戦〜三島由紀夫と日本、そして世界』(共著、水声社)など多数。最新著に『「もう一つの日本」を求めて〜三島由紀夫『豊饒の海』を読み直す』(現代書館)
会場分担金  会員・学生千円(一般2千円)


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会員勉強会、六月は荒岩宏奨氏
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6月は下記の通り展転社の若き編集長・荒岩宏奨氏を講師にお迎えして、「影山正治と維新文学」のテーマで語って頂きます。これまで蓮田善明、保田與重郎,伊東静雄について論じて頂いた日本浪曼派シリーズ第四弾です。
影山正治氏(1910〜1979)は戦前より維新運動家として大東塾・不二歌道会を主宰するとともに、保田與重郎、浅野晃、林房雄など日本浪曼派の巨人達と親しく交際し、三島由紀夫先生を昭和の神風連と高く評価して憂国忌の発起人となり、昭和54年元号法案の成立を熱?して自裁されました。
           記
◇日時 6月29日(金)午後6時半開演(午後6時開場)
◇会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
   (JR・地下鉄「市ヶ谷」駅2分)
◇講師 荒岩宏奨氏(あらいわひろまさ、展転社編集長)
◇演題 「影山正治と維新文学」
◇講師略歴 昭和56年山口県生まれ。広島大学教育 学部卒、プログラマー、雑誌編集者を経て現在展転社編集長。著書『国風のみやびー国体の明徴と天業の恢弘』(展転社)
◇会場分担金 会員・学生千円(一般2千円)
    以上
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2018年03月24日

通巻第1242号

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『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
    平成30年(2018)3月24日(土曜日)
         通巻第1242号   
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西部邁先生追悼講演会(平成30年3月8日)
「追悼 西部邁先生 ─西洋的知性と日本人」
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富岡幸一郎氏(関東学院大学教授・鎌倉文学館館長)

   ▲
 西部先生は共著も含め、200冊以上の著書がある。著書『国民の道徳』(扶桑社、2000年)の最後では生命至上主義が道徳を腐らせるという、ラディカルな主張が述べられている。
ある意味で西部自裁論と言うべき内容である。先生は昨年春の段階で隔月雑誌『表現者』への執筆や、同誌の顧問をやめるという意向を示していた。また、MXテレビの「西部ゼミナール」の収録も昨年10月で終えていた。

すでに予感していたとはいえ、私が1月21日午後に訃報に接したとき、深い驚きと悲しみを得た次第である。
 西部先生は北海道出身であり、一浪して1958(昭和33)年に東京大学に入学している。60年安保闘争を目前に控えた時代であったことから、全学連主流派幹部として学生運動に参加している。

『六〇年安保センチメンタル・ジャーニー』(文藝春秋、1986年)は60年安保闘争がどのようなものであったか、遠近法的に描いた著作である。唐牛健太郎など、当時60年安保闘争に関わった人々との関係や役割が列伝風に描かれている。
 先生は同書の冒頭で60年安保闘争を「空虚な祭り」と表現している。すなわち、闘争参加者のほとんどは新安保条約が国際政治及び国際軍事にもたらす影響について無知、無関心であり、戦後思潮の抱えてきた矛盾が赤裸々に示された観念劇と述べている。のちに先生は当時、新安保条約の中身は知らず、マルクス、レーニン、毛沢東の著作も読んでいなかったと言っている。

では、なぜ安保闘争は拡大したのか。同書によれば、その背景には、「もはや戦後ではない」(昭和31年度『経済白書』)という経済の領域で確認されてきたことを政治の領域で確認すべき段階に来ていたこと、最強国である米国との関係が戦後思潮そのものの脅威になっていたことの二点を挙げている。

 ▲「平和」と「民主主義」は魔語だったのだ

そして、この観念劇はいくつかの言葉、すなわち魔語(マジックワード)によって演じられたと述べている。一つは「平和」であり、この言葉は世界の戦争や軍事について冷静に観察することを妨げることになったとある。
安保法制、集団的自衛権、憲法改正に関する論議を見ていると、平和とは何か、という具体的な議論が欠けており、この現状は当時とまったく同じであると思う。「平和」という魔語が登場した象徴的な時代こそ、60年安保闘争だったのである。

もう一つは「民主主義」である。衆議院本会議で新安保条約が強行採決されて以降、安保闘争の争点は民主主義に移行し、戦争の記憶のある年配者を中心にして民主主義擁護の闘争という色彩を帯びていったという。
そもそも民主主義はギリシャ語のデモクラティアに由来し、本来は民衆政治と訳すべきである。プラトンも述べているように、政治制度としての民主政治は衆愚政治に陥る危険を有している。

しかし、戦後日本では民衆政治ではなく民主主義と訳したため、そうした問題点が認識されず、何か特別なものとして受け止めるようになった。こうしたことを踏まえ、西部先生は60年安保闘争を「空虚な祭り」として捉えたのである。そう考えると、60年安保闘争は安保条約の中身が争点だったのではなく、戦後日本において「平和」や「民主主義」という魔語が観念劇として高く舞ったものだったと思う。

さらに西部先生は60年安保闘争の中には米国に対する複合感情、コンプレックスがあったと述べている。戦後の日本人は米国を占領軍であるとともに解放軍であると認定した。そのこと自体に大きな矛盾をはらんでいるが、さらにソ連や社会主義に対する親近感も流れ込み、その矛盾を複雑にした。

また、「平和」や「民主主義」は米国によってつくられた魔語でありながら、その米国を討つべき対象とするアンビバレンツな感情を生み出した。こうした複合感情が安保闘争を成立させることになったのである。

なお、同書によると、西部先生は大学入学後、授業には興味が持てなかったという。
このため、学生運動をしようと教養学部自治会室を訪ね、ガリ版でビラを刷るアルバイトを始めることになった。
当時、先生自身はマルクスも毛沢東も読んでいなかったが、とにかく何かしなければならないという思いから、思想の渦に飛び込んでいったのである。これは一種の直感であり、西部邁という評論家、思想家の特徴を示すものである。

おそらく先生はガリ版を刷りながら、すべてのビラの文章を読んでおり、大学1・2年生の時点でいかにそうした言葉が空虚であるかということも分かっていたと思う。そこから政治や社会に対する見方や直感が形成されていったのではないか。

西部先生は1971(昭和46)年に東大大学院経済学研究科修士課程を修了し、横浜国立大学助教授、東京大学教養部助教授を経て、1986(昭和61)年に同教授に就任している。宇沢弘文の弟子にあたり、大学教員としては社会経済学を専門とした。著書『ソシオ・エコノミクス』(中央公論社、1975年)は少壮の経済学者・西部邁の代表作であり、新古典派経済学の限界を述べている。

先生はこれまでの経済学が人間を「経済人」という一つのカテゴリーに当てはめていることを問題視し、社会経済学はもっと多様な領域と関わることで、人間や社会、世界を総合的に捉えるべきだと考えていた。
そのモチーフが『ソシオ・エコノミクス』のテーマになっていたのである。また、著書『経済倫理学序説』(中央公論社、1983年)ではケインズ経済学を評価しながらも、その限界や不十分性を指摘し、社会の広い部分に経済学を展開させようという立場が示されている。端的に言うならば、経済学という社会科学が言語障害に見舞われていることや、専門主義に入り込んでしまったことへの批判である。

 ▲東京大学での一悶着

こうした見地から、先生は東大の駒場で相関社会科学をつくろうとしたが、その試みはうまくいかなかった。文化人類学者の中沢新一氏を助教授に招聘しようとしたのは、それまでの悪しき専門性の縄張りを壊した上で、複雑化した現代社会を捉えるための学問をつくることが目標だった。

しかし中沢氏を招聘することはできず、1988(昭和63)年に東大を退職する。これは人事上の手続きへの反発ではなく、学問の場は日本共産党の場であるという壁を破れなかったことへの敗北感によるものだと思う。

この事情については、著書『学者 この喜劇なるもの』(草思社、1989年)に詳しい。同書ではアカデミズムの立て籠もっている学者こそ、大衆であることが東大辞任劇の中ではっきり見えたと述べている。

以後、先生はオルテガの著作などを通じて大衆社会状況への批判を強めていく。また、同書では、東大辞任劇は左翼知識人の腐敗を決定付けるものと述べ、戦後民主主義に引導を渡す絶好の機会になると述べている。

一般にソ連崩壊以降、古典的な左翼知識人は衰退したとされるが、先生はむしろ左翼主義(レフティズム)が社会のあらゆる部分に広がっていくであろうことを予見していたのである。現在、大学で経済学を教えている人たちはかつてマルクス経済学を学んだ人たちである。史的唯物論という名称の講義はできないものの、ポスト・コロニアリズムなどは薄められた左翼主義と言っていい。
先生にとって、「駒場村」からの脱出劇は保守の思想に道を開く契機になったのである。
その意味で、保守思想とは過去の歴史や伝統を踏まえ、現状や現実を正確に分析し、その先を予見することにつながるものなのである。たとえば、英国のエドマンド・バーグはフランス革命の失敗を予見し、トクヴィルは米国が今日のような金融グローバリズムに陥っていくことを予見していた。

このように西洋の保守思想家の系譜をたどると、保守思想こそ、予見的な性格を持っているというのが西部先生の考えだった。

▲米ソ冷戦の終結は憲法改正や日米安保条約廃棄のチャンスだった。

本来、日本にとって米ソ冷戦の終結は対米従属から脱却するチャンスだった。特に1990(平成2)年の東西ドイツの統一は奇跡的だった。歴史はある瞬間に間隙ができる。そこで為政者がその間隙をついてアクションを起こし、大きく歴史を変えることができる。東西ドイツ統一がそれだった。

日本にとって、米ソ冷戦の終結は憲法改正や日米安保条約廃棄のチャンスだった。
ところが、90年代になって起きたのは1985(昭和60)年のプラザ合意以降の内需拡大傾向(バブル経済)の崩壊であり、細川非自民連立政権の成立による政治の混乱であった。『発言者』が創刊されたのは村山自社連立政権の時期であり、55年体制という戦後レジームが終わったと思っていたときに、新たな戦後レジームが始まったのである。

その後、日本経済は構造改革・規制緩和路線に進んでいく中、『発言者』はこうした路線に徹底的な批判を加えた。
 
そうした西部先生の保守思想にあって、名著とされるのが『思想の英雄たち』(文藝春秋、1996年)である。
同書はバーク、キルゲゴール、トクヴィル、ニーチェ、オルテガなど、西洋の保守主義の系譜、つまり、近代主義・理性主義への批判者たちを取り上げたものである。ただし、この本に出てこない人物が米国の哲学者パースであり、先生はパースのプラグマティズムをよく咀嚼していた。

奥様の看病を綴った著書『妻と僕』(飛鳥新社、2008年)には自らの思考の基本にはパースのプラグマティズムがあると述べている。日常や社会、家族、友人との間に起きる様々な出来事をどう解釈するか、その仮説の立て方にパースを役立てていたのである。

先生は自らと他者の仮説を確認するための手段として会話を重視した。仮説形成の重要性こそ、先生の生涯を貫くものだった。日本の西洋哲学は明治以降、ドイツ観念論(カント、ヘーゲルなど)が主流であったが、西部先生はドイツ観念論に騙されることなく、アメリカ哲学のパースに入っていたことには注目すべきである。
先生の仮説形成にあたり、パースのプラグマティズムの果たした役割は大きいと言えよう。

▲三島を論じた「明晰さの欠如」(初出、1988年11月『海燕』発表)

 西部先生が東大退職後、最初に刊行した評論集が『ニヒリズムを超えて』(日本文芸社、1989年)であり、その冒頭に所収されている論文が「明晰さの欠如」(初出、1988年11月『海燕』発表)である。

これは三島由紀夫の『太陽と鉄』、『文化防衛論』を中心に論じたものである。
これを読めば、先生が三島のことを深く理解していたことが分かる。ただし、自分は三島のように自決するわけにはいかないことや、三島における伝統の捉え方が自分と違うことを述べている。

社会経済学者として、これほど三島を理解した人物はいないのではないか。西部邁が評論家として最初にデビューしたのが三島由紀夫論であり、死に方が生き方であり、生き方が死に方である連関性の面では三島とつながっていたと思う。

また、この本には福田恆存論が収録されている。先生は晩年、病床にあった福田恆存を見舞い、死について対談している。当時、先生は55歳であり、著書『死生論』(日本文芸社、1994年)を執筆中だった。

▲予見に満ちた『保守の遺言』(平凡社、2018年)

医療が高度化して延命が進む中、先生は人間に自然死はありうるのか、病院死は人工死ではないのか、という問いを投げかけていたのではないかと思う。こうした文明の病理、文明の危機を先生は後半生に経験され、警鐘を鳴らしていたのである。

『保守の遺言』(平凡社、2018年)の最後の数章は予見に満ちており、そこで最も大事になるのが国家だと述べている。グローバリズムと帝国主義の時代にあって、国家というものの根拠、国家というものを論理的に推論する必要性を述べている。

どれだけグローバリズムが進もうとも、世界政府などできるわけがない。戦後日本は国家というものを最も度外視し、戦後民主主義は国家と国民を切り離してきた。日本国憲法前文がまさにそうである。

国家と政府は戦争の主体であり、国民は主権者として国家と政府に対峙することが憲法前文に示されている。しかし、こうした位置付けが誤りであることは明らかである。西部先生と吉本隆明の国家論の比較など、面白い論点である。
機会があれば、同書をもとに皆さんと議論したいと思う。               
 
                   (三島由紀夫研究会事務局速記)
 
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四月の「公開講座」講師は、元国立劇場理事の織田紘二氏
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 織田氏は昭和42年國學院大學卒業と同時に国立劇場芸能部に入られ、昭和44年から三島由紀夫先生の担当者として三島歌舞伎に携わられました。
 自決までのわずか2年足らずでしたが、最晩年の三島先生との濃密なお付き合いは初公開の秘話ばかりで、とくに三島演劇研究にとって貴重なお話しが聞けるものと思います。
 織田氏は国立劇場の芸能部長、理事を歴任され、現在は日本芸術文化振興会の顧問をされています。

とき    4月19日(木)午後6時半開演(午後6時開場)
ところ   アルカディア市ヶ谷(私学会館)
講師    織田紘二氏(おりた こうじ、日本芸術文化振興会顧問、元国立劇場理事)
演題    三島歌舞伎の世界
<講師略歴>昭和20年生。北海道出身。昭和42年國學院大學日本文学科卒、国立劇場芸能部に入り、以後三島由紀夫先生の担当として三島歌舞伎に携わる。国立劇場芸能部長、理事を歴任。日本芸術文化振興会顧問。著作に『芸と人 戦後歌舞伎の名優たち』(小学館)、『歌舞伎モノがたり』(淡交社)その他。
会場費   会員・学生1千円(一般2千円)
      

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三島由紀夫研究会「文学ツアー」のご案内
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           記
日時:平成30年5月13日(日)雨天中止
集合:13:00 JR横須賀線北鎌倉駅
作品:海と夕焼け(昭和30年刊・新潮文庫『花盛りの森・憂国』に所収)
場所:神奈川県北鎌倉 建長寺〜勝上献
行程(予定)北鎌倉駅−東慶寺−建長寺(勝上献往復)−鶴岡八幡宮−鎌倉宮(バス)−鎌倉駅 (鎌倉駅近隣で懇親会)

 (注)建長寺〜勝上献は、整備された上り坂を30分ほどかけて登ります。ゆっくりと進みますので、ご安心ください。昼食会の設定はございませんので、各自で早めのお昼を済ませてからご参加ください。
 東京から参加される方は、東京駅11:53発・横須賀線逗子行きに乗車します。(ホー
ムは地下4階にあり、他線からの乗換には10〜15分を要しますので、充分な余裕を持っての時間配分をお立てください)
  参加を希望される方は、下記メールアドレスまで、お名前、電話番号(できれば携帯)、懇親会の出欠を明記の上、お申し込みください。
yukokuki@mishima.xii.jp
         (三島由紀夫研究会 案内係 浅野正美)


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5月の「公開講座」は憂国忌発起人でもある井上隆史先生
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           記
日時 5月25日(金)午後6時開場、6時半開演
会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
  (JR・地下鉄「市ヶ谷」駅徒歩2分)
講師 井上隆史先生(国文学者、白百合女子大教授)
演題 「もう一つの日本」を求めて、『豊饒の海』を読み直す」
    講師略歴 昭和38年生れ。横浜市出身。東京大学文学部国文科卒。文芸評論家。百合女子大学教授。専門は日本近代文学。著編書に『三島由紀夫幻の遺作を読む〜もう一つの『豊饒の海』』(光文社新書)、『混沌と抗戦〜三島由紀夫と日本、そして世界』(共著、水声社)など多数。最新著に『「もう一つの日本」を求めて〜三島由紀夫『豊饒の海』を読み直す』(現代書館)
会場費  会員・学生千円(一般2千円)



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会員勉強会、六月は荒岩氏
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6月は下記の通り展転社の若き編集長・荒岩宏奨氏を講師にお迎えして、「影山正治と維新文学」のテーマで語って頂きます。これまで蓮田善明、保田與重郎,伊東静雄について論じて頂いた日本浪曼派シリーズ第四弾です。
影山正治氏(1910〜1979)は戦前より維新運動家として大東塾・不二歌道会を主宰するとともに、保田與重郎、浅野晃、林房雄など日本浪曼派の巨人達と親しく交際し、三島由紀夫先生を昭和の神風連と高く評価して憂国忌の発起人となり、昭和54年元号法案の成立を熱?して自裁されました。
           記
◇日時 6月29日(金)午後6時半開演(午後6時開場)
◇会場 アルカディア市ヶ谷(私学会館)
   (JR・地下鉄「市ヶ谷」駅2分)
◇講師 荒岩 宏奨氏(あらいわ ひろまさ、展転社編集長)
◇演題 「影山正治と維新文学」
◇講師略歴 昭和56年山口県生まれ。広島大学教育 学部卒、プログラマー、雑誌編集者を経て現在展転社編集長。著書『国風のみやびー国体の明徴と天業の恢弘』(展転社)
◇会場分担金 会員・学生千円(一般2千円)

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