2011年02月27日

通巻第80号

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『三島由紀夫の総合研究』 
   三島由紀夫研究会 メルマガ会報
     平成18(2006)年10月24日(火曜日)
  通巻第80号  
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◎小誌、おかげさまで80号を迎えました!
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(読者より その1)貴誌79号に掲載された片瀬裕氏の<矢尽き果て、刀折れるまで>を拝読。目頭が熱くなりました。
  (西法太郎)

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(読者より その2)片瀬さんの追悼、本当に愛情と友情が籠もっていて、涙が止まりませんでした。三浦さんは前の「三島研究会」の事務局長ですね。片瀬さんはどういう人でしょうか?

(編集部より)三浦の直前の日本学生同盟委員長をつとめ、その後、ジャーナリスト。いまは近現代史研究家として、あちこちのメディアにも寄稿しています。
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来年以降の「憂国忌」へのアイディアが寄せられております。
一覧します。(3,4は以前に掲載分と重複します)

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(読者より その3)来年以後の憂国忌のスタイルについて提言します。
 すでに没後36年、これまでの形式を踏襲するだけではマンネリとも取られかねず、またマスコミの話題にも殆どなりません。
 来年からは、たとえば山中湖の三島文学記念館でセミナーをおこない、記念館見学というアイディアは有意義ではありませんか?
 希望者をつのってバスツアーも組織できますし、現地集合組はそれなりに現地集合時間を決めては如何でしょう。来年のご命日は、しかも日曜日、一日旅行のつもりで、多くの参加者が見込まれるのではありませんか?



(読者より その4)来年以降の早雪忌のことですが、カレンダーどおりだと、平成19年12月10日は月曜。それ以降も一日ずつずれて20年火、21年水、となります。
 そこで思ったのですが「憂国忌」の場合、ご命日の「11月25日」はずらせないけど、早雪忌はまだ2回目なので、来年以降は、「12月10日前後の土曜日」または「12月10日前後の日曜日」にしたらどうでしょう。
 地方からいく身としては、「12月10日前後の土曜日午後」が理想的な時間です。
来年以降、平日夜だと、仕事もなかなか抜けられない人もててくるし、なによりも、準備するスタッフの確保すら難しくなるかもしれません。もちろん地方だと平日参加は不可能に近いです。今年の早雪忌が終了してからでいいので、関係者一同で取り上げ、みんなで話し合ってほしい議題です。
    (KM、高田市)


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(読者より その5)来年以降の「憂国忌」を川口湖畔の三島文学館で開催したらどうか、という提案がありました。
非常に良いと思います。
バスをチャーターしたバスで行くもよし、鉄路で向かうもよし、自家用車で走り向かうもよし。いままでと異なる雰囲気のうちで三島文学の河に沈潜し存分に楽しむ企画は愉快に存じます。賛成。
    (HN生、品川)


(読者より その6)であるならば、たとえば京都に集合して、『金閣寺』を見学し、その近くの会館でセミナーとか、或いは『潮騒』の舞台となった伊勢湾の神島で、セミナーとか。
いや、『天人五衰』の最後の場面は奈良櫻井市郊外の山科御殿こと「月修寺」。これを見学がてら奈良でセミナーとか、いろいろ地方巡回というアイディアは如何でしょうか?
 わたしは大津在住なので、もし京都とか奈良や三重県なら、お手伝いもできます。
(YN生、滋賀)
    
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(編集部より)11月25日の憂国忌が終わってから三島研究会の幹事会で検討させていただきます。ともかく過去36回は東京で開催でしたから、地方へ開催をもっていくのも、ひとつのアイディアとして、大いに参考とさせて頂きます。
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●このメルマガは昭和46年に結成された老舗「三島由紀夫研究会」の会報を、一般の読者にも開放する新編集方針のもと、メルマガとしてリニューアルしたものです。メルマガのため、横組みであることをご了解ください。
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 三島由紀夫氏第三十六回追悼会
 『憂国忌』

 日本を代表する文豪、三島由紀夫氏が「楯の会」学生長の森田必勝とともに、憂国の諫死をとげてから早くも三十六年の歳月が流れました。
北東アジアの軍事・政治の緊張を眺めると、三島氏が予言したように我が国の将来が暗澹たる事態は些かも減じていません。
憂国忌は「三島由紀夫氏の作品と訴えを通して日本の将来を考える機会」とするものです。
 (代表発起人)井尻千男、入江隆則、桶谷秀昭、嘉悦康人、小室直樹、佐伯彰一、篠沢秀夫、竹本忠雄、中村彰彦、細江英公、松本徹、村松英子ほか発起人二百数十名。
     
 記
 とき  十一月二十五日(土曜日) 午後六時半(六時開場)
 ところ 池袋東口「豊島公会堂」(別名「みらい座いけぶくろ」へは、JR、メトロ「池袋」駅東口、三越裏。豊島区役所隣り。電話は3984―7601)
 会場への地図は下記
http://toshima-mirai.jp/center/a_koukai/

 会場分担金 おひとり千円(学生五百円)
 プログラム 村松英子「三島由紀夫”演劇の河、行動の河”――『薔薇と海賊』を軸に」。
この戯曲「薔薇と海賊」は舞台をみにきた三島氏が泣いていた。公演終了から二日後に、あの事件はおきたという因縁経緯があります。

 ほか著名人による追悼挨拶など。参加者には小冊子を差し上げます。
 さらに詳しくは http://www.nippon-nn.net/mishima/annai/
    ♪
 <<本誌愛読者の方、先着100組をご招待します!>>
 受付はFAX(3260−9633)とネットのみ。お名前と希望人数だけを書きこんで、下記へ。
 yukokuki@hotmail.com
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(事務局より)憂国忌賛助会員の皆さまへ
多くの方々から賛助会費のお振り込みを頂いております。御賛助いただいた皆さまへお知らせです。
(1)「憂国忌」への招待券をお送りします。
(2)賛助会員の皆さまには宮崎正弘の新刊『三島由紀夫の現場』を11月8日ごろまでに別送します。刊行前日には到着の手筈です。
(3)憂国忌終了後、賛助会員の皆さまには記念冊子をお送りします(これは12月初旬になります)
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◎小誌の登録は下記で
 http://www.melma.com/backnumber_149567/
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(編集部から)小誌は「三島由紀夫研究会」および「憂国忌」の賛助会員だけに限定せずに一般読者の皆さまからも、三島研究の論文、エッセイをつねに募集しております。
作品論、作品感想、読後感、政治論、芸術論。分野を問いません。ご投稿をお待ちします。原則として実名。簡単な肩書きをつけて下さい。原稿料はありません。三島文学批判も構いませんが誹謗中傷のたぐいの投稿は採用しません。ゲスト寄稿者コーナーも常設しております。ご投稿をお待ちしております。
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三島由紀夫研究会 HP 
        メール  yukokuki@hotmail.com
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(C)三島由紀夫研究会 2006 ◎転送自由
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通巻第79号

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『三島由紀夫の総合研究』 
   三島由紀夫研究会 メルマガ会報
     平成18(2006)年10月24日(火曜日)
  通巻第79号  
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三浦重周さん追想

 <矢尽き果て、刀折れるまで>
              片瀬裕


 ▼初対面の印象は左翼学生のようだった
 
 星霜三十五年の歳月は、人の記憶をxxの被布で覆う。しかし、雲煙の彼方の遠のいた過去と言えども、非日常の出来事に纏わる思い出は案外仔細に甦るものだ。
 重周・三浦重雄兄と初対面の挨拶を交わしたのは第二次安保闘争のうねりが頂点に達した、たしか昭和四十四年の晩秋、場所は早稲田の大隈通り脇にあった日本学生同盟の本部だったと思う。
 この春刊行された三浦兄の『遺稿集』巻末にある「年譜」には「昭和四十五年四月、早稲田大学政経学部に入学、入学式当日に早大国防部および日本学生同盟に加入」とあるから、或るいは早稲田入学前から三浦兄は日学同に屡々出入りしていたものであろうか。

 それにつけても初対面の三浦兄が与えた印象は、その長髪といい、風体物腰といい、右派学生という感じからほど遠く、外見はむしろ左翼過激派そのものだった。
 今でも鮮明に思い出すのは、この同年生まれの友の、知性に裏付けられた該博な知識と、確固たる思想に基づいた旺盛な反時代の精神である。
 すでに大川周明、権藤成卿、北一輝ら国家主義思想家の諸著はもとより、京都学派の系譜につらなる諸家の著書を通じて早くも自己の思想・信念を確立していた。

 それゆえ三浦兄は、当時の学生・青年の間に横溢した「反安保」の叫びがきわめて恣意的に反国家思想に収斂され、行き着くところ祖国の歴史や道統の呪詛へと転化する安易にして、しかもステレオタイプな時代思潮をもっとも忌み、鋭く論難して余すところがなかった。
 熱を帯びるに従い、越後訛を交え、言葉尻にスッと口で息を吸い込み、「そうじゃないっすか」と念を押す学生時代の、あの独特な話し方が鮮やかに甦る。
 晩年、家郷を回想する随筆に兄は、その越後訛を「大学に入って上京した時、周りの者から露骨に『田舎者』とさんざん馬鹿にされた」としたためている。

 しかしどうして、あの話し方には不思議な説得の力が籠もっていた。語り口はたどたどしくとも、天馬空を行くごとき明解な論旨に、いたく共感したのも一再ではない。
 いわゆる「早稲田精神」なるものが、藩閥の圧迫に抗した学祖大隈侯の剛気不抜の反骨精神に求められるとするなら、三浦兄こそ、意識するとせざるとに関わらず早稲田精神の希有なる体現者であったといえるだろう。浮薄な大勢に決して動じぬ稜々たる反骨の気風、清冽は批判精神は三浦兄五十六年の生涯を通じ一貫してかわることのなき、不屈の身上であった。


 ▼議論に光るものがあった

 集まり、そして散じた日学同の幾多諸兄のなかでも、音信の絶やさぬ、同じ昭和二十四年生まれの友と言えば、かなり前から既に三浦兄一人となっていた。過ぎし青春の時をわかちあった兄を追想すれば思いでが尽きない。
 本部のあった早稲田ハウスはもとより、同盟の生みの親だった故矢野潤先輩が早稲田正門通りで開いていた喫茶店「ジュリアン」や、大隈通りの「ニューエコー」などで、おりあるごとに話に興じたものだ。
 といっても大半は他愛のない馬鹿話に、いつも笑い転げ、三浦兄の、あの雅気あふれる癖も生涯替わらなかった。
 だが、必ず光るものがあった。

 帝国憲法の祖述者で、美濃部達吉と天皇論争を繰り広げた、国家主義思想の泰斗、上杉慎吉の国家論をして「ヘーゲルの焼き直しにすぎない」と論拠をあげて指摘したのも知って間もない頃だった。
 同じ年なのに学年が一つ上だった理由だけで、「先輩、先輩」と引き立ててくれたが、思想的にかなり早熟な三浦兄に啓発されたことは数知れない。

 ワイドショーの走りだった「小川宏ショー」なるテレビ番組に右派系学生代表として、三浦兄と出演し、並みいる全共闘系の左翼学生を向こうに回して喧々たる論戦を交えたことも忘れられない。 
 こちらは兄とただ二人、相手は三十人を越える極左の活動家。そのうえ司会役までが敵側に味方する始末で不公平この上ない。もとより氷炭相容れぬ相手ゆえに対立する論戦の果ては罵倒の応酬となり、その激昂ぶりを案じた三浦兄の友人らが若松町から、隣町だったフジテレビのスタジオまで息を切らせて駆けつける場面もあった。


 ▼早稲田祭に『満州国の理想』展示を提言

 昭和四十五年秋、早稲田大学国防部は大学祭に参加し、「大満州国の理想」(編集部注 抜粋を第三部に掲載)という展示を行った。
 動機は当時の「戦争と人間」という満州を題材にした映画で、巨費を投じたこの映画の原作は五味川淳平。たしかに軍人の挙措動作などにはかなり正確な考証が加えられたが、内容は善玉悪玉史観の噴飯ものだった。

 意外に映画好きで、ことに東映任侠映画の隠れたファンだった三浦兄は、高田の馬場の早稲田松竹には屡々足を運んでいたようで、これを見て心底痛憤。満州建国の理想部分を照射する大学祭での展示を企画し、先輩達を動かして実現に漕ぎ着けたのだった。
 展示会場となった教室には満州の大地を象徴した黄色地に、満・漢・鮮・蒙・日のいわゆる「五族」を象徴する赤、青、白などの五本線をあしらった満州国旗が掲げられた。その脇に掲示された畳み数枚分のラシャ紙には椽大の筆で満州国建国宣言の全文が淋漓たる墨痕で大書されていた。

 石原莞爾、大川周明をはじめ、満州青年連盟関係者など満州に五族共和の理想郷を建設しようとした人々の思想や業績が各種の写真、資料を交えて展示され、多数の参観者を集めた。展示に足を停める人々に三浦兄は昭和史の該博な知識と独自の満州建国観を披瀝し、教職員と思われる年配の参観者すら唸らせた。

 「三島事件」が起きたのは、それから僅か数週間後だった。
 戦後の経済が頂点に達したこの年、泰平の世は「昭和元禄」の異名で呼ばれていた。その惰眠に事件は雷鳴のごとき一喝を加えた。衝撃はまさに日本列島を貫いたといっても過言ではあるまい。
 小生が事件の第一報を知ったのは、当日午前十一時半過ぎ、新宿駅西口のビルにあった電光掲示板の報道だった。点滅する豆電球が右から左に慌ただしく流れながら「作家三島由紀夫、東京市谷の陸上自衛隊東部方面総監部に乱入。総監室を占拠中」と繰り返し告げていた。急ぎ自宅に帰ったのは正午過ぎ、昼のニュースはすでに三島、森田両氏が割腹自決したことを報じていた。


 ▼そして三島事件がおこった

 さなきだに衝撃的な事件は、小生ら日学同の学生にとって、いわば「身内の事件」でもあった。というのも三島由紀夫氏の率いた「楯の会」は日学同など民族派学生団体を中核として組織されたものであり、日学同の先輩のなかにはその一期生がかなりいた。三島氏とともに壮烈な自決を遂げた森田必勝烈士もかつては日学同の有力な活動家であり、早大国防部の中枢メンバーで、日学同傍系団体「全日本学生国防会議」の初代議長をつとめたこともある。結成式に駆けつけて祝辞と万歳三唱をされたのはほかならぬ三島氏であった。

先輩の多くは楯の会や、その前身の祖国防衛隊に加わり、三島氏と参加した自衛隊の体験入隊でともに汗を流していた。事件に先立ち、京橋のイタリア料理屋に招かれ、三島氏からそれとない「別れの言葉」を告げられていた先輩すらあった。

 そうした経緯もあり、事件当日の午後から深夜にかけて日学同の本部事務所は学生、OBで溢れかえった。なかには事件現場となった市谷の自衛隊正門に駆けつけ、機動隊に阻止されて同盟本部にやってきたものもいた。そんななかに三浦兄の緊張した顔もあった。普段は幾分浅黒い兄の顔が蒼白に見えた。

 夕刻近く、誰かが「三島さんと森田の遺体が検死のため、牛込警察署に運ばれたそうだ」との情報をもたらした。
 我々はすぐに牛込署におもむいた。警察署の周囲にはすでに多くの報道陣がつめかけていた。両氏の遺体は署の車庫に安置され警察の検死を受けているという。ねずみ色のペンキで塗られた車庫の扉を遠目で凝視しながら我々はただ暗然と立ちつくした。すると警察官の好意でもあろうか、意外にも我々の前に署員が焼香台を用意してくれた。台のうえには真新しい線香と線香立てが用意されていた。両烈士の義挙は捜査に当たる警察官にすら衝撃と感動を与えたのだろう。スチールの事務机を木綿の白布で覆った焼香台に物言わぬ警察官達の共感を察することが出来た。

 本部に引き返すと、テレビのニュースが牛込署で焼香する我々の姿を報じていた。やがて先輩達は事件の対応を協議するため早稲田実業高校の裏手にある神社の社務所に向かい、下級生ばかりが肩を寄せ合うような格好で取り残された。もちろん三浦兄もいた。
 比留間兄は衝撃と興奮から顔を紅潮させて事件を甲論乙駁した我々も、やや落ち着きを取り戻していた。

 畳に横になり、あるいは足を抱えてかがみ込み、あるいは椅子に座って、おのがじし今日の出来事を反芻していた。小生はといえば、自決した森田さんがかつてベッドがわりに使っていた押し入れの上段に横たわり、誰かが壁に貼った「三島由紀夫展」のポスターを飽くことなく眺め続けていた。つい先日まで池袋の東武百貨店で開催されていた三島展のポスターには顔の右側に光を当てた三島氏の憂いを秘めた顔写真が載っていた。
 みんな無言だった。


 ▼嗚咽から闘争へ

 三浦兄は足を組み、頭を下げて項垂れていた。事件の興奮は去り、代わって言いしれぬ沈痛の気が我々を浸した。それに耐えかねたのだろう、三浦兄が嗚咽し始めた。嗚咽は慟哭に変わり、やがて立ち上がった兄は壁にもたれて号泣した。一年先輩の下田喜一君が早稲田の角帽の角を齧りながら、「三浦、泣くなっ!」と、怒鳴るようにたしなめたが、下田自身が泣いていた。それがいざないとなって、みんなが泣き始めた。男同士が二の腕を顔にあて声をたてて泣いた経験は、後にも先にもこのとき以外にない。

 日学同はまず、早大正門に「烈士三島由紀夫、森田必勝を弔う」と大書した横幅数メートルに及ぶ大看板を据えて両氏に哀悼の誠を捧げた。看板の前には三島・森田の遺影を掲げ焼香台を用意した。当時の早大といえば革マル派をはじめとする左翼過激派が跳梁し校内は「反安保」の立て看板で埋め尽くされ、ヘルメット姿の学生が横行するなど半ば無政府状態にあった。

 それゆえ極左の火炎瓶や鉄パイプによる襲撃も十分懸念された。凛然たる決意を胸に秘めた三浦兄は「遺影はたとえ命を張っても護る」と言い切り、率先して終日遺影の横につき添った。襲撃されるは覚悟の上、看板の裏側や正門脇の植え込みには木銃や木刀を潜ませていたのはいうまでもない。

 意外なほど多くの一般学生が遺影に手を合わせ、香を手向けた。なかでも全共闘の闘士として名を馳せていたT氏が焼香し、しばし両烈士の遺影に瞑目したのは三浦兄をしていたく感銘せしめた。風聞によれば、そのT氏ものちに自死したという……。
 この時、正門前で三浦兄らと一緒に写した写真が若き日の兄を偲ぶたった一枚のよすがとして残っている。

 豊島公会堂で「三島由紀夫氏追悼の夕」が開催される運びとなった。
 三浦兄はこの時も率先してポスター貼りに専念した。各大学の周辺はもちろん、深夜の街を糊まみれになりながら警察の目を気にしつつ必死になってポスターを貼りめぐらせた。遠く横浜方面まで足を伸ばしたこともある。「追悼の夕」をきっかけに三島由紀夫研究会が発足。三浦兄は設立メンバーとして参加し、翌年、「憂国忌」として定着した。

 昭和四十六年十月、小生は立教大学校内で両足にガソリンによる火傷を被り、翌年五月半ばまで半年余りに及ぶ入院生活を余儀なくされた。収容された中野の慈生会病院に三浦兄はしばしば小生を見舞ってくれた。そのおり「早く元気になってくださいよ」と言いながらそっと差し出すのは、きまって新聞紙にくるまれた台湾バナナだった。思えば我々が子供の頃、バナナは高嶺の花の貴重品だった。そしてバナナには、計り知れぬ滋養分があるという神話すら信じたものだ。同年生まれの三浦兄もバナナ神話の信奉者に相違あるまい。そんな思いにふけりつつ、いつも兄が手渡してくれたバナナの包みに友の温情を感じたものである。


 ▼よく見舞いにきた三浦重周のユーモア

 第一回の「憂国忌」には参加することができなかったが、三浦兄が縦長の二種類のポスターを病室の壁に貼ってくれた。
「忙しいなか、いつも来てくれてすまないな」と感謝すると、
「先輩の見舞いにくるんじゃないっすよ。ここの看護婦みんなキレイでしょ。あれ見にくるんですよ….」と笑っていた。

 三浦兄が日学同の中枢メンバーとして大車輪の活躍をしたのはいうまでもない。しかし、兄が新民族主義運動の真個の旗手として、その本領を発揮したのは、むしろその後のことといえるだろう。我々同盟員は学業を終えると日増しに運動から遠のいた。加えて全国の大学に吹き荒れていた学生運動の嵐も、第二次安保闘争の敗北を境に、まるで瘧が落ちたように鎮まった。新民族主義を標榜した日学同運動も退潮につぐ退潮を重ねた。左右を問わず政治の季節は冬の時代を迎えたのである。

 OBとしてはただ一人、三浦兄はそんな厳しい冬枯れの時代に日学同本部に立て籠もり、新民族主義運動の孤塁を護った。
 後進の指導に、理論的教化に三浦兄は渾身の努力を捧げた。学生時代から早稲田周辺を転々としていた三浦兄はその頃、都電荒川線の西ヶ原駅近くに移り住んだ。そしてペンネームを滝川譲と名乗った。住まいの滝野川にちなみ、東京の北方滝野川からは先にはもう一歩も譲らないという意味で背水の陣の気概を示したのである。

 そうした三浦兄を支えたのは多くの後輩達である。彼らの三浦兄に対する献身振りは徹底していた。三浦兄の自死に至るまで続けられたK君の後輩としての陰徳は賞賛に値すると言ってよかろう。昭和五十年代半ばから三浦兄を支援してきた好漢、中川昇氏の存在も忘れてはなるまい。


 ▼鬼神を泣かしむ

 三浦兄の最期は壮烈まさに鬼神を哭しむるものだったと聞く。祖先の墓所に香華を手向け、寒風吹きすさぶ新潟港の岸壁で東方を拝しつつ決然として自刃した兄。そのこうべは苦悶に耐え、死してなお東方に向けられていたという。死に二つは無いとはいえ、祖廟に詣で遥か皇城を拝して割腹した凛烈の作法は、高山彦九郎ら幾多勤皇の志士の最期をそぞろ彷彿させ、ただただ低頭するばかりである。

 死は厳粛なもの。自死の理由を問うのは故人に対する不遜でもあろう。その禁を犯し、敢えて愚考を巡らせば、三浦兄に厭世の憂苦がなかったとは決していえまい。物質的繁栄と先端技術の目まぐるしい進歩の陰に、精神を摩滅させる日を追ってサナトリウム化する祖国日本。

 三島由紀夫は二・二六事件の青年将校、磯部浅一の獄中での遺書を手がかりに、二・二六の道義性を描写した『「道義的革命」の論理』という論稿のなかに、
「私はむしろ、その成功の後に来る筈の、日本経済の近代化工業化と、かれらが信奉した国体観念との、真正面からの相克対立に、かれらが他日真に悩む日があったであらう、その悩みにこそかれらを十分にひたらせて成熟せしめたかった」
としたためた。

 じつにその「悩み」を、昭和十一年七月十九日、烈日のもと東京代々木の陸軍衛戌刑務所の夏草を鮮血に染めて無念の最期を遂げた青年将校にかわって、意識的に引き継ぎ、悩みに悩み抜いた男児こそ、まさしく三浦重周にほかならない。
 いつの頃だったか、高田馬場に三浦兄の部屋をふらっと訪れたことがあった。一隅の壁に貼られた紙に、マジックインキで「辛酸また佳境入る」と癖のある右下がりの字で書かれていた。

 「いまの心境か」と問う小生に、三浦兄は、「田中正造の座右の銘ですよ」と笑ってこたえた。
 辛酸また佳境に入るー足尾鉱毒事件の義人の心境は、それにも増して三浦兄のものであったに相違あるまい。
 辛酸はついに佳境に入ることなく兄の胸中を苛んだのであろうか。その煩悶、その懊悩、その痛苦がいかばかり過酷なものであったか。いまはただ深く瞑目するしかすべとてない。


 ▼この空虚な物質繁栄の日本でいいのか!

 三浦兄はかねてより時代思潮に対する反逆児であった。刻下日本の時代精神は、精神なきをもって、その精神としている。
 三浦重周の自死。それは、空虚この上ない物質的繁栄の只中、人間精神そのものを圧殺する、うつろな繁栄という見えざる巨大な敵と、矢つき刀折れるまで戦い抜いた、光輝に満てる英雄の死といったら、余りに浪漫主義的な溢美であろうか……。

 三浦兄の倉卒の死を報されたとき、たとえようのない驚きとともに瞼の底に浮かんだのは、あの一抹の羞恥を滲ませた柔和な笑顔、それと新聞紙にくるまれたバナナの幻影だった。 
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 <<本誌愛読者、先着100組を「憂国忌」へご招待します!>>

 受付はFAX(3260−9633)とネットのみ。お名前と希望人数を書きこんで、下記へ。(憂国忌@ホットメール。ドットコム)
 yukokuki@hotmail.com

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三島由紀夫氏第三十六回追悼会
 『憂国忌』

 日本を代表する文豪、三島由紀夫氏が「楯の会」学生長の森田必勝とともに、憂国の諫死をとげてから早くも三十六年の歳月が流れました。
北東アジアの軍事・政治の緊張を眺めると、三島氏が予言したように我が国の将来が暗澹たる事態は些かも減じていません。
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 (代表発起人)井尻千男、入江隆則、桶谷秀昭、嘉悦康人、小室直樹、佐伯彰一、篠沢秀夫、竹本忠雄、中村彰彦、細江英公、松本徹、村松英子ほか発起人二百数十名。
     
 記
 とき  十一月二十五日(土曜日) 午後六時半(六時開場)
 ところ 池袋東口「豊島公会堂」(別名「みらい座いけぶくろ」へは、JR、メトロ「池袋」駅東口、三越裏。豊島区役所隣り。電話は3984―7601)
 会場への地図は下記
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 会場分担金 おひとり千円(学生五百円)
 プログラム 村松英子「三島由紀夫”演劇の河、行動の河”――『薔薇と海賊』を軸に」。
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 ほか著名人による追悼挨拶など。
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 受付は10月20日からですが、本誌読者のみ本日から優先受付。
 先着100組となり次第、締め切ります。 

 なお、「憂国忌発起人」の先生方および「三島由紀夫研究会会員」(平成18年度の会費納入の方に限ります)と、「憂国忌賛助会員」の皆さまには招待券をお送りしますのでご応募の必要はありません。
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もひとつ、おしらせ。
お待たせしました。
本誌読者に特典があります!

宮崎正弘の新刊『三島由紀夫の現場』(税込み1785円)
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四大特典つきで予約を募集します。
(1)著書サイン入り
(2)送料無料
(3)発売日前に到着
(4)振込手数料も無料!

◎ご予約はいたって簡単です。
 「宮崎新刊」とされ、(1)お名前(2)ご住所(郵便番号を併記)(3)御電話番号(宅配便なので)だけを下記へ。
eigyo@namiki-shobo.co.jp

手続きはこれですべて終了です!
◎お支払いは書籍に同封される郵便振替用紙にて到着後に支払い(振込手数料も版元負担)。
◎店頭発売は11月10日(都内は8日ごろ)。予約の方にははやければ4日ごろに着きます。おそくとも7日ごろまでにお手元に。

 宮崎正弘の新刊『三島由紀夫の現場』(並木書房)の内容です。

 本書は宮崎正弘が35年の歳月をかけて三島事件の自決現場のみならず、三島が描いた『潮騒』『金閣寺』『剣』『春の雪』の国内舞台、そのモデルを訪ね、その場所に立って、三島が何を考えたかを半ば紀行風に、そして半ば三島の哲学探究の旅です。
 とくに「記憶もなければ何もない」月修寺の庭、『奔馬』で飯沼勲の自決する伊豆の海岸などのモデルを特定しております。

 また海外の舞台へ飛んで『暁の寺』のタイ、インド。『旅の絵本』や『鏡子の部屋』に描かれたNY、アポロの杯にでてくるギリシア、ローマ、そしてパリ。
 圧巻は『らい王のテラス』のカンボジアをめぐる旅。補遺に筆者が招かれて講演した「ローマ憂国忌」に関しての考察など。
 グラビア8ページ、本文中にも写真が十数葉、挿入されております。

 ◎なお、この特典予約募集は10月31日午後3時をもって受付を締め切ります。
( 「憂国忌賛助会員」の皆さまには本書を献呈いたしますのでご予約の必要はありません)。
       ◎ ◎ ◎
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(事務局より)憂国忌賛助会員の皆さまへ
多くの方々から賛助会費のお振り込みを頂いております。御賛助いただいた皆さまへお知らせです。
(1)「憂国忌」への招待券をお送りします。
(2)賛助会員の皆さまには宮崎正弘の新刊『三島由紀夫の現場』を11月8日ごろまでに別送します。刊行前日には到着の手筈です。
(3)憂国忌終了後、賛助会員の皆さまには記念冊子をお送りします(これは12月初旬になります)
   ◎ ◎
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◎小誌の登録は下記で
 http://www.melma.com/backnumber_149567/
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(編集部から)小誌は「三島由紀夫研究会」および「憂国忌」の賛助会員だけに限定せずに一般読者の皆さまからも、三島研究の論文、エッセイをつねに募集しております。
作品論、作品感想、読後感、政治論、芸術論。分野を問いません。ご投稿をお待ちします。原則として実名。簡単な肩書きをつけて下さい。原稿料はありません。三島文学批判も構いませんが誹謗中傷のたぐいの投稿は採用しません。ゲスト寄稿者コーナーも常設しております。ご投稿をお待ちしております。
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三島由紀夫研究会 HP 
        メール  yukokuki@hotmail.com
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通巻第78号

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『三島由紀夫の総合研究』 
   三島由紀夫研究会 メルマガ会報
     平成18(2006)年10月23日(月曜日)
  通巻第78号  
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(読者より その1)来年以降の「憂国忌」を川口湖畔の三島文学館で開催したらどうか、という提案がありました。
非常に良いと思います。
チャーターしたバスで行くもよし、鉄路で向かうもよし、自家用車で走り向かうもよし。いままでと異なる雰囲気のうちで三島文学の河に沈潜し存分に楽しむ企画は愉快に存じます。
賛成。
    (HN生、品川)

 
  ♪
(読者より その2)貴誌77号の高遠、諏訪を廻られた方の投稿に触発され諏訪大社下社のお膝元に住む者として一筆認めたいと思います。
私が三浦さんと最後に会ったのは自決される三ヶ月前の都内での集会でした。
久しぶりの再会で、私が故郷の長野へ帰ったことを話すと三浦さんはしみじみと、「そうかぁ。長野かぁ。いいところじゃないか。おれ長野って好きなんだよ。」
と言われました。
その時は三浦さんと長野がなかなか結びつかず後に遺稿集の「終の棲家は辰野に」を読んで得心いたしました。ほかにも時事問題や昔の思い出話などをして別れたのですが、その再会が三浦さんとの最後になるとは夢にも思いませんでした。
ただ、「最後の憂国忌になるからできたら顔だしてくれよ。」
と言われたのが少し気にかかっていたのですが。
さて、その辰野ですが岡谷駅から天竜川沿いに下ると車で二十分位のところにあります。
水田と川が美しい山間の小さな町で、六月の蛍まつりが有名です。
もし三浦さんが辰野に住まわれたら、時折訪ねて酒組交すこともできたのにと夢想するのみです。ちなみに諏訪は三島の「愛の疾走」の舞台となった地です。
(長野県下諏訪町  唐澤淳)



(編集部より)二つ、あります。
まず第一に、自決の数ヶ月前から三浦氏は「最後の憂国忌になる」と発言している数々の証言がおおくの後輩からよせられました。
これは総合的に考えて「自分が関与する憂国忌としては、最後」という意味です。現実に憂国忌はことしも行われ、来年も再来年も続くわけですから。

第二に前の号に寄せられた投書は下記の通り(再録します)。
「10月17、18日にSさんと高遠、諏訪を廻って来ました。三浦先生のエッセイの中に「ついの住処は辰野町にしたい」という記述がありましたので、高遠からの帰途、伊那谷に降りて、高速道路の上からですが、辰野町を通って来ました。御遺稿集を車のダッシュボードに載せて走りましたので、きっと伊那谷の風景をご覧いただけたことと思います。
 翌日は諏訪大社四座のお参りをしましたが、今は神無月、神様は出雲にお出掛けと途中で気づき、苦笑いでした。今後ともよろしくお願いします。(浅野正美)」。
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このメルマガは昭和46年に結成された老舗「三島由紀夫研究会」の会報を、一般の読者にも開放する新編集方針のもと、メルマガとしてリニューアルしたものです。メルマガのため、横組みであることをご了解ください。
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 <<本誌愛読者、先着100組を「憂国忌」へご招待します!>>

 受付はFAX(3260−9633)とネットのみ。お名前と希望人数を書きこんで、下記へ。(憂国忌@ホットメール。ドットコム)
 yukokuki@hotmail.com

  ♪
三島由紀夫氏第三十六回追悼会
 『憂国忌』

 日本を代表する文豪、三島由紀夫氏が「楯の会」学生長の森田必勝とともに、憂国の諫死をとげてから早くも三十六年の歳月が流れました。
北東アジアの軍事・政治の緊張を眺めると、三島氏が予言したように我が国の将来が暗澹たる事態は些かも減じていません。
憂国忌は「三島由紀夫氏の作品と訴えを通して日本の将来を考える機会」とするものです。
 (代表発起人)井尻千男、入江隆則、桶谷秀昭、嘉悦康人、小室直樹、佐伯彰一、篠沢秀夫、竹本忠雄、中村彰彦、細江英公、松本徹、村松英子ほか発起人二百数十名。
     
 記
 とき  十一月二十五日(土曜日) 午後六時半(六時開場)
 ところ 池袋東口「豊島公会堂」(別名「みらい座いけぶくろ」へは、JR、メトロ「池袋」駅東口、三越裏。豊島区役所隣り。電話は3984―7601)
 会場への地図は下記
http://toshima-mirai.jp/center/a_koukai/

 会場分担金 おひとり千円(学生五百円)
 プログラム 村松英子「三島由紀夫”演劇の河、行動の河”――『薔薇と海賊』を軸に」。
この戯曲「薔薇と海賊」は舞台をみにきた三島氏が泣いていた。公演終了から二日後に、あの事件はおきたという因縁経緯があります。

 ほか著名人による追悼挨拶など。
 参加者には小冊子を差し上げます。
 さらに詳しくは
 http://www.nippon-nn.net/mishima/annai/
    ♪
 <<本誌愛読者の方、先着100組をご招待します!>>
 受付はFAX(3260−9633)とネットのみ。お名前と希望人数だけを書きこんで、下記へ。
 yukokuki@hotmail.com
 受付は10月20日からですが、本誌読者のみ本日から優先受付。
 先着100組となり次第、締め切ります。 

 なお、「憂国忌発起人」の先生方および「三島由紀夫研究会会員」(平成18年度の会費納入の方に限ります)と、「憂国忌賛助会員」の皆さまには招待券をお送りしますのでご応募の必要はありません。
   ◇◇◇
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お待たせしました。
本誌読者に特典があります!

宮崎正弘の新刊『三島由紀夫の現場』(税込み1785円)
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四大特典つきで予約を募集します。
(1)著書サイン入り
(2)送料無料
(3)発売日前に到着
(4)振込手数料も無料!

◎ご予約はいたって簡単です。
 「宮崎新刊」とされ、(1)お名前(2)ご住所(郵便番号を併記)(3)御電話番号(宅配便なので)だけを下記へ。
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手続きはこれですべて終了です!
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通巻第77号

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『三島由紀夫の総合研究』 
   三島由紀夫研究会 メルマガ会報
     平成18(2006)年10月22日(日曜日)
  通巻第77号  
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 とくに「記憶もなければ何もない」月修寺の庭、『奔馬』で飯沼勲の自決する伊豆の海岸などのモデルを特定しております。

 また海外の舞台へ飛んで『暁の寺』のタイ、インド。『旅の絵本』や『鏡子の部屋』に描かれたNY、アポロの杯にでてくるギリシア、ローマ、そしてパリ。
 圧巻は『らい王のテラス』のカンボジアをめぐる旅。補遺に筆者が招かれて講演した「ローマ憂国忌」に関しての考察など。
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 翌日は諏訪大社四座のお参りをしましたが、今は神無月、神様は出雲にお出掛けと途中で気づき、苦笑いでした。
今後ともよろしくお願いします。
  浅野正美
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三島由紀夫氏第三十六回追悼会
 『憂国忌』

 日本を代表する文豪、三島由紀夫氏が「楯の会」学生長の森田必勝とともに、憂国の諫死をとげてから早くも三十六年の歳月が流れました。
北東アジアの軍事・政治の緊張を眺めると、三島氏が予言したように我が国の将来が暗澹たる事態は些かも減じていません。
憂国忌は「三島由紀夫氏の作品と訴えを通して日本の将来を考える機会」とするものです。
 (代表発起人)井尻千男、入江隆則、桶谷秀昭、嘉悦康人、小室直樹、佐伯彰一、篠沢秀夫、竹本忠雄、中村彰彦、細江英公、松本徹、村松英子ほか発起人二百数十名。
     
 記
 とき  十一月二十五日(土曜日) 午後六時半(六時開場)
 ところ 池袋東口「豊島公会堂」(別名「みらい座いけぶくろ」へは、JR、メトロ「池袋」駅東口、三越裏。豊島区役所隣り。電話は3984―7601)
 会場への地図は下記
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 ほか著名人による追悼挨拶など。
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通巻第76号

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『三島由紀夫の総合研究』 
   三島由紀夫研究会 メルマガ会報
     平成18(2006)年10月20日(金曜日)
  通巻第76号  10月19日発行
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 韓国で三島由紀夫『憂国』が上映された
  異色、独特な韓国の若者達の反応ぶりを報告
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 四方田犬彦(明治学院大学教授)が極めて刺激的、ユニークな韓国報告をしている。
 そのコラムは、「東京新聞」10月18日付け夕刊に掲載された。題名は「韓国で三島由紀夫“憂国”上映」である。

 四方田教授によれば、これはソウルの高麗大学で行われた「東アジアの文化交流と相互理解」シンポジウムの席上でおきた。
氏は映画「憂国」フィルムを韓国へ持参し、会場で上映、その後の質疑応答のユニークさについて書く。

 事件当時、軍国主義だとか、植民地主義への怨念を籠めた、まことに的はずれの三島評価が主流だった韓国で(中国はいまもそうで、まともな三島評どころか、満足な翻訳も稀)、新世代は
「軍人の死がこれほど美しいはずはない」
「『英霊の声』をもとに修士論文を書いている」
「金閣寺の文章に圧倒された」
などと女子学生三人三様の感想があり、さらに氏は三島独特の天皇観を説明し、『憂国』のテーマを演繹した。

 「(自決にいたった青年将校は)どちら側にも組みすることもできず、妻の前で壮絶な割腹自殺を遂げる」のだが、「韓国人はけっして自殺などしない。かならずどちらかに組みするはずだ、という強い意見がでた」。
とはいえ、嘗てのキムジハ(金芝河、詩人)が嘲笑し、悪罵したたような時代的空気はなかった。
 「クーデターと軍事独裁政権の体験を持つ韓国社会が、私設軍隊を組織して自殺した隣国の文学者に対し、かくも率直な関心を抱いていることを知ったことは、大きな収穫であった」と纏めている。
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(トピックス)
『美徳のよろめき』の言葉は美しくてエレガント
  エッセイストの平野文さん

 「三島由紀夫(独身時代最後の)作品『美徳のよろめき』は、一つひとつの日本語が本当に美しく綺麗でエレガント(中略)行間までもが耽美という臭いで埋めつくされています。文節を読み進むごとに何度も感嘆」した、と今更ながら激賛している。
  (産経新聞10月15日付け)

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 『憂国忌』

 日本を代表する文豪、三島由紀夫氏が「楯の会」学生長の森田必勝とともに、憂国の諫死をとげてから早くも三十六年の歳月が流れました。
北東アジアの軍事・政治の緊張を眺めると、三島氏が予言したように我が国の将来が暗澹たる事態は些かも減じていません。
憂国忌は「三島由紀夫氏の作品と訴えを通して日本の将来を考える機会」とするものです。
 (代表発起人)井尻千男、入江隆則、桶谷秀昭、嘉悦康人、小室直樹、佐伯彰一、篠沢秀夫、竹本忠雄、中村彰彦、細江英公、松本徹、村松英子ほか発起人二百数十名。
     
 記
 とき  十一月二十五日(土曜日) 午後六時半(六時開場)
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 下記の方々への郵便物が「転居先不明」で戻りました。(敬称略、順不同)。
 沢田佳奈(旧住所 福岡県)衣川和栄(福知山市)、北田徹(函館市)、松崎一樹(新宿区)、本多照樹(江戸川区)、高木文昭(多摩市)、黒岩徹(渋谷区)

 新住所をお知らせ下さい。あるいはご存じの方、御教示ください。
Sna76980@yahoo.co.jp まで。
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